残業代を支払わない言い訳 「固定残業代」「定額残業代」

「『固定残業代』『定額残業代』を支払っているので、残業代を払わなくてよい」
残業代請求の交渉や訴訟をしていて、会社側からこういう趣旨の反論をされることがあります。

「固定残業代」とは、割増賃金(残業代)に代わる定額の手当、または、通常の賃金の中に含められた定額の割増賃金(残業代)のことで、
使用者は、この「固定残業代」を支払うことで、労基法所定の割増賃金(残業代)の支払いを免れようとするのです。

しかし、使用者からの「固定残業代」の主張は簡単には認められません。
常識的に見て「酷い働かせ方だ!」と思うような事案での「固定残業代」は、だいたい違法です。

1 「固定残業代」の悪用

なぜ「固定残業代」が簡単には認められないかというと、
「固定残業代」を簡単に認めてしまうと、一定額を支払えば、労働者を何時間でも残業させることができることになってしまうからです。
定額で働かせ放題です。しかも低額で働かせ放題の場合が少なくありません。
これでは労働基準法が割増賃金(残業代)制度を定めている意味がありません。

2 割増賃金(残業代)制度の目的

割増賃金(残業代)制度の目的は、
① 法定労働時間(原則は1日8時間まで週40時間まで)および週休制(法定休日は最低1週間に1回以上)の原則の維持を図り、
② 過重な労働に対する労働者への金銭的補償を確保する
ところにあります。

要は、
残業をさせた使用者に対し、通常より高い賃金を支払わせることで、できるだけ残業を減らすことが第⑴の目的であり、
本来休むことができた時間に労働した労働者に対し、通常よりも高い賃金を支払って休みの埋め合わせをするのが第⑵の目的だということです。

3 「固定残業代」有効性の判断基準

「固定残業代」有効性の判断基準は、先ほど述べました ⑴できるだけ残業を減らす ⑵休みの埋め合わせをする
という目的を達成できるものでなければなりません。

そのため、判例上は次の⑴⑵⑶のすべてを充たさなければ「固定残業代」は違法です。

⑴ 当該「固定残業代」が時間外労働の対価としての実質を有していること

→「営業手当」「役職手当」などの名称は違法の可能性あり

「雇用契約においてある手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものとされているか否かは,雇用契約に係る契約書等の記載内容のほか,具体的事案に応じ,使用者の労働者に対する当該手当や割増賃金に関する説明の内容,労働者の実際の労働時間等の勤務状況などの事情を考慮して判断すべきである。」(日本ケミカル事件・最一小判平成30・7・19労判1186号5頁。

↑「業務手当」の対価性を肯定

理由①:「前記事実関係等によれば,本件雇用契約に係る契約書及び採用条件確認書並びに上告人の賃金規程において,月々支払われる所定賃金のうち業務手当が時間外労働に対する対価として支払われる旨が記載されていた」「上告人と被上告人以外の各従業員との間で作成された確認書にも,業務手当が時間外労働に対する対価として支払われる旨が記載されていた」→使用者の「賃金体系においては,業務手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものと位置付けられていた」

理由②:労働者に「支払われた業務手当は,1か月当たりの平均所定労働時間(157.3時間)を基に算定すると,約28時間分の時間外労働に対する割増賃金に相当するものであり、被上告人の実際の時間外労働等の状況(前記2(2))と大きくかい離するものではない。」

では、どういう場合に、対価性が否定されるのか?(固定残業代が無効として残業代請求が認められるのか?)

契約書への記載や使用者の説明が不十分な場合は契約上の対価としての位置づけ(①)を欠き、

また、

手当の性質や額が時間外労働等の実態と乖離している場合には実態との関連性・近接性(②)を欠く、

場合には、

対価性が否定されます(=固定残業代が無効として残業代請求が認められます)。(水町勇一郎『詳解 労働法 第2版』東京大学出版会、2021、704頁)

⑵ 通常の労働時間に当たる部分と時間外労働の割増賃金に当たる部分とを判別することができること(固定残業代の金額の明示)

→「基本給」の中に割増賃金(残業代)が含まれているとされる場合は違法の可能性あり

⑶ 当該「固定残業代」が労基法所定の残業代額を下回るときは、
その差額を当該賃金の支払時期に清算する合意が存在する合意が存在するか、少なくとも差額支払いが確立していること(超過分の清算合意と清算実態)

→これを充たさないケースは少なくない。

※ ⑶についてはどこまで厳密に要求するかは議論のあるところですが、
最高裁判決昭和63.7.14・労判523号6頁・小里機材事件の高裁判決は、⑶を「固定残業代」有効の要件としています。
⑶が要件がどうかとは別にしても、⑶に記載しているように差額が発生すれば、使用者は差額を支払わなければなりません。
これが未払いであれば、労働者は未払い残業代請求をすることはできます。

4 使用者にとってもメリットはゼロ! 労働者にとっては危険!

「固定残業代」有効性の判断基準で見ましたように、相当程度厳しい基準をクリアしないと「固定残業代」は認められません。
それに、⑶のとおり結局、使用者は「固定残業代」では足りない分の割増賃金(残業代)を支払わなければなりません。
仮に、「固定残業代」分よりも残業が少ない月があったとすれば、その月についていわば使用者は残業代を払い過ぎの状態になるのです。
また、不足分の割増賃金(残業代)を支払っていない使用者は、後に裁判で負けるなどすれば、未払いだった割増賃金(残業代)分の遅延損害金を支払わなければなりません。
このように使用者にとっても「固定残業代」は何らメリットがないのです。

一方、労働者にとっては、「固定残業代」が導入されると、労働者にとっては、定額で(しかも低額で)働かせ放題になってしまう危険性があります。
とても危険です。働きすぎで労災になってからでは遅いです。
早期に違法な「固定残業代」を是正させましょう。

詳しくは労働弁護士にご相談ください。

弁護士 中井雅人

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