賃金の切り下げなど労働条件不利益変更への対処(労使個別関係編)

労働条件の中でも特に重要なのが「賃金」ですので、
「賃金」を中心に、労働条件の不利益変更が無効となる場合や、その対処例をご紹介します。
今回は(労使個別関係編)です。(労使集団関係編)は↓をご参照ください。
https://www.ak-osaka.org/%E5%8A%B4%E5%83%8D%E5%95%8F%E9%A1%8C/417/ 

1 合意による賃金減額

 ⑴ 同意なき不利益変更は無効!!

賃金を含む労働条件は、労働者と使用者の合意に基づき決定されるのが原則です(労働契約法3条1項)。
賃金を含む労働条件の「変更」も、労働者と使用者の合意に基づいて行われるのが原則です(労契法8)。
そのため、使用者が、労働者の同意を得ることなく一方的に賃金などを切り下げることがありますが、
これは無効です(就業規則の不利益変更などは別)。
無効ということは、労働者は切り下げられる前の賃金などを請求することができます。
※労働者の「同意」があったとしても、法令、就業規則、労働協約を下回る個別合意は当然無効。

 ⑵ 労働者の「同意」は慎重に判断

形式的には、労働者が賃金減額に「同意」していたとしても、その同意が有効かどうかは実質的に判断されます。
労働者の方が使用者に比べて立場が弱いからです。
使用者から「同意」しろと言われれば同意してしまう労働者は少なくありません(私の担当事件でもあります。)。
そのような「同意」を「同意」として認めてしまうと労働法の意味がなくなるからです。

「賃金の減額・控除に対する労働者の承諾の意思表示は、
それが労働者の自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するときに限り
有効」
とされています。
(東京高裁平成12年12月27日判決 労判809号82頁 最高裁判所昭和48年1月19日判決 シンガーソーイングメシーン事件 最高裁判所平成2年11月26日判決 日新製鋼事件 最高裁平成28年2月19日判決 山梨県民信用組合事件 参照)

 ⑶ 黙示の「同意」は簡単には認められない

使用者による賃金切り下げに対し、労働者が黙示の同意をすれば、この同意によって額された賃金の労働条件に有効に変更されます。
もっとも、使用者によって一方的に引き下げられた賃金を労働者が異議を述べずに受領していたとしても、直ちに労働者による黙示の同意が認められるわけではありません。
会社の雰囲気など使用者による有形無形の圧力の中で、労働者が真意によらずにそのような行動をとらざる得ない状況に置かれていた可能性があるからです。
実際に、労働者が賃金の引き下げに異議を述べずにこれを受領していただけでは労働者の黙示の同意があったとはいえないとする裁判例も複数存在します。

 

2 降格に伴う賃金減額

 ⑴ 職能資格制度における資格や等級低下による降格に伴う賃金減額

①労働契約や就業規則上の根拠がなければ無効
②降格に不合理かつ不公正なものであれば無効になる可能性あり

 ⑵ 業務命令(人事権行使)としての降格

①就業規則上の根拠は不要
②業務命令が権利濫用であれば無効

 ⑶ 懲戒処分としての降格

①就業規則上の根拠がなければ懲戒処分自体ができず当然賃金減額も無効
②懲戒処分が権利濫用であれば懲戒処分自体が無効で当然賃金減額も無効

3 配転に伴う賃金減額

配転が無効であれば当然賃金減額も無効
↓「配転(転勤・異動)への対処」もご参照ください。
https://www.ak-osaka.org/%E5%8A%B4%E5%83%8D%E5%95%8F%E9%A1%8C/418/

なお、配転が有効であっても場合によっては賃金減額が無効になることもあります。

4 法的に無効な賃金切り下げなど労働条件不利益変更に対する対処

 ⑴ 「同意」前

「同意」を求められても、即答せず、持ち帰って弁護士や友人に相談する。
無理やり「同意」をさせられようとして即答が避けられない場合は、「無理やり」であることの証拠を残してください(録音やメモなど)。

 ⑵ 「同意」後

無効な賃金切り下げであれば、切り下げ前の賃金を請求することができます。
請求の方法としては、労働組合による交渉、弁護士による交渉、裁判(労働審判も含む)などがあります。
詳しくは労働弁護士に相談してください。

弁護士 中井雅人