飲食店への悪質な口コミ投稿(Googleマップ)について、Google社に削除させ、発信者を特定した事例を紹介します。
手続 | 発信者情報開示命令申立(電話番号・メールアドレス)
仮処分命令申立(削除・IPアドレス開示) |
事件の種類 | 人格権侵害差止等請求事件 |
立場 | 飲食店の経営者 |
事案の概要 | 個人経営の飲食店(カレー屋)を営んでいるAさんは、調理過程に関する虚偽を含む悪質な口コミをGoogleマップに書き込まれました。そこで、Google社への削除請求、発信者の特定、損害賠償請求を検討し、相談にいらっしゃいました。
担当弁護士は、当該投稿がAさんへの名誉毀損であり、名誉感情侵害(侮辱)だと判断しました。 |
発信者特定までの手続の概要
発信者特定の手段
一般的に発信者を特定するには、
①サイト管理者(いわゆるコンテンツプロバイダ)へ、発信者に関する保有情報の開示を求める。
②①で得た情報を基にプロバイダ(いわゆるアクセスプロバイダ、各通信会社。)へ、発信者に関する保有情報の開示を求める。
という段階を踏んだ手続が必要です。
※2022年10月1日施行のいわゆるプロバイダ責任制限法の改正によって、発信者情報開示命令申立が新設されましたが、上記二段階の枠組みがあること自体は変わりません。
本件では以下の手続をとりました。
本件での手続
本件では、発信者特定の手段①として、Googleマップのサイト管理者Google社に対し「仮処分命令申立」と「発信者情報開示命令申立」を行ないました。
「仮処分命令申立」では、投稿の削除とIPアドレスの開示、
「発信者情報開示請求」では発信者の電話番号とメールアドレスの開示、
をそれぞれ求めました。
仮処分命令申立
仮処分手続の経過
Googleを相手方とし、投稿の削除とIPアドレスの開示を求めて仮処分申立(11月21日)をしてから開示の決定(12月26日)が出されるまでに、1か月強時間を要しました。第1回審尋期日は12月19日でした(1回結審。)。そして、決定から約1週間後に投稿の削除、約3週間後にIPアドレスが開示されました。
開示されたIPアドレスをWHOIS検索にかけると、プロバイダは「とある通信会社」であることが判明しました。これを受け、まずはプロバイダである通信会社に宛てて、「このIPアドレスからアクセスログを確認し、発信者の契約情報のうち、氏名・住所を教えてください」と任意の開示請求申出を行ないました。しかし、プロバイダからの回答は「アクセスログの保存期間を経過していたことにより、ログは消去され、特定できません」とのことでした。
本件仮処分命令申立の評価と特徴
本件は、申立から決定、開示とスピード感をもって取り組めた事例でした。しかし、アクセスログの保存期間はほとんどのプロバイダで「3か月」であるため、本件のように手続が迅速であっても、ログが機械的に消去されていて特定できないという事態に陥ることがあります。
特に、Google社の場合、問題投稿した日のIPアドレスではなく、問題投稿よりも前のログインに使用したIPアドレスであって当該投稿と最も時間的に近接されたものが開示されるため、IPアドレスを辿って発信者情報の開示を求めることへのハードルが更に高くなります。
本件も、あと1日2日早ければログが保存期間に間に合っていた可能性のある事案だといえます。
発信者情報開示申立
Google社を相手方とし、Googleアカウントに登録されている投稿者の電話番号とメールアドレスの開示を求めて申立(11月21日)をしてから開示命令の決定(12月26日)が出されるまでに、仮処分とおなじく約1か月の時間を要しました。そして、決定から約2週間後に電話番号とメールアドレスが開示されました。
弁護士は、弁護士法第23条2に基づき、弁護士会を通じて官公庁や企業などの団体に対して、必要事項を調査・照会することができます(「23条照会」)。この制度を利用し、電話番号を管理している通信会社へ、電話番号の契約者の住所氏名・請求書送付先(住所)の照会の申出を、弁護士会を介しておこないました。
結果、発信者の氏名・住所が通信会社から開示され、無事、発信者の特定に至りました。
本件発信者情報開示申立の評価と特徴
本件は、発信者がGoogleアカウントに電話番号を登録していたからこそ特定できたという事案でした。
X(旧Twitter)等であっても、アカウントに電話番号が登録されていれば、その電話番号を基に発信者が特定できる可能性が格段に高まります(そうでなければ時間との闘いであるIPアドレス1本で発信者を特定することになります。)。
発信者判明後の経過
上記発信者の特定の後、Aさんの代理人弁護士として、投稿者に対し、通知書(内容証明郵便)を送りました。
約1か月間の交渉の末、投稿者がAさんに対し、相当の解決金を支払うこと等を内容とする合意(いわゆる示談)が成立しました。
合意書には以下の条項も含まれています。
第1条 甲と乙は、乙において本件投稿をしたこと、甲においてGoogle LLCを相手方として削除等を求める仮処分を申し立て、東京地裁が削除等を命じる決定をした結果、Google LLCが本件投稿を削除したこと、現在も本件投稿はインターネット上で閲覧できない状態になっていることを、相互に確認する。
第2条 乙は、本件店舗に関する情報をインターネット上で投稿する等、本件と同様の行為を繰り返さないことを約束する。
第3条 乙は、甲に対し、本件投稿によって甲の名誉を毀損し、名誉感情を侵害したことを認め、深く謝罪する。
本件の評価
発信者情報の特定には、被害者に多大な労力がかかります。
本件は、スムーズに発信者が特定できた事例です。
それは前述のとおり、アカウントに登録された電話番号から特定ができたからです。
しかし、これは結果論です。
初動段階では、本件でもそうしたように、発信者情報開示請求(仮処分)と、発信者情報開示請求命令申立の2本立てで臨むのが原則だと考えます。
事業者としては、事業を維持発展させる上で、Googleマップ等における口コミは極めて重要なものであり、
名誉毀損を含む誤った口コミは直ちに削除させる必要があります。
当職としては、Googleマップ等の口コミが社会的に力を持ちすぎている現状が憂うべき事態と考えていますが、それでも事業者としては事業を阻害する口コミ等には法的に対処せざるを得ないでしょう。
そのため、問題投稿の削除請求を仮処分で求める必要があります。
発信者情報開示請求(仮処分)に削除請求(仮処分)を併合して、ひとつの仮処分命令申立書で提起します。
手続が増えることで、被害者としては、弁護士費用や裁判実費(印紙代・供託金等)が負担になります。
例えば、IPアドレスの開示について、今回は発信者が1つの通信会社のモバイルデータを使用して該当記事を投稿をしていたため、即座に通信会社へ発信者の契約情報等の照会ができましたが、もし、発信者が複数のプロバイダを経由して発信していれば、そのプロバイダ分それぞれに開示請求を行なう必要があります。もちろん、その分時間がかかり、本件の仮処分命令申立の結論のように、最後の最後に特定できず行き詰ってしまう事例も多くあります。
本件は最終的に、裁判に至る前に投稿者と和解することができており、この点はAさんにとっての負担を軽減させることができたと評価しています。
被害を受け、削除・発信者情報開示を考えておられる方は、お早めに弁護士へご相談ください。