【執筆】「インターネット社会における名誉毀損訴訟と表現の自由の保障」関西大学法科大学院ジャーナル

木下智史 中井雅人 姜昌勲 共著の【論考】
「インターネット社会における名誉毀損訴訟と表現の自由の保障」が、
関西大学大学院法務研究科法科大学院ジャーナル 15号 2020.3に掲載されました。

本文にも記載されていますが、
2018年と2019年に関西大学法科大学院出身の二人の弁護士(中井雅人・姜昌勲)がそれぞれの担当事件(名誉毀損事件)について木下智史教授に意見書の執筆を依頼した、これが本論考のきっかけになりました。
本論考は、担当事件の紹介⇒名誉毀損と表現の自由保障の基本的原則の提示という構成になっています。

中井雅人が執筆を担当したのは、スラップ訴訟としての性格を持つ東京福祉大学事件です。
東京地裁2017年12月15日判決(LEX/DB25551237)
東京高裁2018年 9月13日判決(LEX/DB25561389)
(弁護団は大口昭彦・萩尾健太・指宿昭一・中井雅人)
※SLAPP:Strategic Litigation Against Public Participation
※スラップ訴訟とは、一般的には、市民または市民団体による批判的な表現活動に対し、批判された企業その他の組織が当該表現活動について名誉毀損にあたるなどとして報復的に提起する訴訟のことを指す(意見書より)。

紙幅の関係上、本論考には掲載することができなかった部分をここで一部紹介します。
☆本件の特色・問題点など
⑴ 判例法理から逸脱した「公益目的」判断
前述のとおり一審判決は、摘示事実の公共性、「公益目的」を肯定しておきながら、目的達成のために必要な範囲を超える摘示をしているため、「もっぱら公益目的」ではないと判断している。
しかし、これは判例上確立された「公益目的」の判断に反するものである。公益目的判断における「専ら」は、公益を図る目的が唯一のものである必要はなく、公益目的が表現行為の主たる目的ないし動機と言えれば、十分に「専ら公益目的」が肯定される(最1小判1989(平成元)年12月21日民集43巻12号2252頁、東京高裁2009(平成21)年1月30日判タ1309号91頁等)。
また、意見書は…(略)…と判例の立場を再確認している。その上で意見書は、…(略)…と述べ、一審判決が「判例に照らしても、かなり特異な判断」だと指摘している。
控訴審判決は、一審被告らの主張書面や意見書の批判を受け入れ、「専ら公益目的」を認めた。

⑵ 結論ありきのプライバシー侵害の肯定
控訴審判決においては、名誉毀損についての請求を棄却するための相当の事実が認定されていた。これらの事実は、逆転事件判決(最3小1994(平成6)年2月8日民集48巻2号149頁)における「公表の目的、性格等に照らした意義や必要性」に関する事実でもあるのに、逆転事件判決の規範へのあてはめの場面ではほとんど考慮されなかった。また、一審判決でも控訴審判決でも、「公表の目的」(主観)しか言及しておらず、判例が要求している「意義や必要性」(客観)に言及していない(そればかりか控訴審判決は「必要不可欠」であることを要求している。)。
さらに、控訴審では、一審被告らは、裁判所も(性犯罪事件も含む)刑事判決文が記載ウェブサイトへの掲載をしていること、公式判例集(民間企業の有料検索システムによりインターネット上で閲覧可能)においては被告人の氏名まで記載されていること等を調査の上、追加主張した。この点について、控訴審判決は、「裁判所のウェブサイト等における刑事判決文の公開は、国家機関としての裁判所が、その求められる責務に応じて、裁判例を集積して将来の裁判の適正に役立てることや、社会の耳目を集める事案や重要な判断事項を含む事案等について、判決内容を速やかに公開して国民の知る権利に応えること等を目的として行われるものであり、控訴人らによる本件判決文の掲載とはその目的を全く異にするというべきである。」と答えるが、要は、国家機関は公開しても良いが、私人は公開してはならないと述べているにすぎず、明らかに逆転事件判例に反する判断をしている。

⑶ 正当な組合活動による違法性阻却を判断していない
…略…

⑷ 本件がスラップ訴訟であること
意見書は、「『表現の自由の核心にあたる行為に関わる』にも関わらず、一審判決が、個々の免責要件の判断のなかで、原告の社会的地位や被告の活動の目的について言及するものの、被告の活動の表現の自由としての価値、被告の活動に対して名誉毀損の賠償責任を問うことがその表現活動に困難を生じ、今後の活動に対しても萎縮効果をもつことをまったく考慮して」おらず、本件がスラップ訴訟であることをまったく考慮していないと批判する。
控訴審判決においては、名誉毀損については一審で敗訴していた公益目的と真実性を覆して勝訴した。つまり、名誉毀損について一審原告の請求がまったく認められておらず、その意味においてはスラップ訴訟であったことが明らかになったのである。しかし、控訴審判決は、プライバシー権侵害を認めた(請求総額の0.6%の損害額を認容)。プライバシー権侵害を認める過程で、スラップ訴訟としての性格が何ら考慮されなかったのは表現の自由との関係で極めて問題である。

弁護士中井雅人