不当な配転命令(転勤・異動命令)への対処~権限審査・濫用審査の二段階をクリアしなければ無効~

配転命令とは

日本型労働慣行の悪い特徴として、長時間労働、容易に異動・転勤が可能ということが挙げられるでしょう。
ここでは、異動・転勤の問題をとりあげます。

一般的には、

◇転勤=勤務場所の変更
◇異動=同一勤務地内での勤務部署や職務内容の変更

と呼ばれています。

裁判実務等においては、これらをまとめて「配置転換」ないし「配転」と呼んでおり、最高裁判決にもそのように記載されています。

「人事異動」には昇進昇格・昇格降格も含まれますが、それについては↓をご参照ください。
「賃金の切り下げなど労働条件不利益変更への対処(労使個別関係編)」

配転の意義と労働者の不利益

「配転」は、企業側からすれば、
いわゆる総合職の労働者に多くの仕事や職場を経験させることで幅広い仕事に対応できる労働者を育成する
企業の必要に応じて社内で労働者を流動させる
という意義があるでしょう。

しかし、「配転」される労働者からしてみれば、
労働者の私生活に悪影響を及ぼす場合もあります。
特に、いわゆる「転勤」の場合は悪影響が生じやすいでしょう。

それに最近では、解雇要件を充たさない労働者を自主退職に追い込むために、
当該労働者を過酷な労働環境に配転するという「追出し部屋」というのも社会問題化されています。
(なお、追出し部屋の特徴は、A名刺を持たされていない、電話にも出ないように指示されていた、社内ネット・イントラネットにアクセスできない、社内の担当表に追い出し部屋所属の者の氏名が記載されない等業務が著しく制限される。B社内求職活動をさせられる。C業務の大半は単純作業。D多額の減収。などです。)

そのため、「配転」にいかに企業側にとって意義があるものでも、
本当に必要な「配転」なのか?
本当に労働者にそこまでの不利益を負わせてまで「配転」してよいのか?
を検討しなければなりません。

配転の適法性判断枠組(二段階審査)

1 使用者が配転命令権を有しているか否か(権限審査)

2 配転命令権の行使の適法性(濫用審査)

1 使用者が配転命令権を有しているか否か(権限審査)

使用者は配転命令権を当然に有しているわけではない

労働契約による基本的な債務 = 労働者:労務提供 使用者:賃金支払
→使用者は労働契約の締結により当然に配転命令権を有することにはなりません。
→使用者に配転命令権があることを規定した法律もありません。

配転命令権が労働契約の内容になる根拠

① 個別労働契約(事前の同意)は根拠となり得る

(労働協約・就業規則により限定される場合あり)

② 就業規則の規定は根拠となりうる

(就業規則の有効性は問題になり得る)

③ 労働協約の規定は根拠となりうる

(労働協約の限界の問題がある)

労働契約で労働者の「職種」「職務」・「勤務地」が限定されている場合

職種・勤務地等の限定アリ=配転命令権ナシ

就業規則に定めがあったとしても、労働契約上、職種や勤務地等の限定がされていれば、当該就業規則の定めは労働契約の内容になりません(労働契約法7条ただし書、就業規則の方が労働者に有利場合は労契法12条、不利益変更の場合は労契法10条)(川口美貴『労働法 第8版』信山社,2024,484頁参照)。そうすると、使用者には、配転命令権が労働契約の内容になる根拠がなく、配転命令権が認められません。

社会福祉法人滋賀県社会福祉協議会事件・最二小判令6年4月26日判決は、職種や業務内容限定の合意があれば、使用者には配転命令権がなく、合意のない配転はできないという旨判示しており、これは下級審裁判例や学説が前提にしてきたことを確認したものでした。

勤務地・職種・職務限定の合意を判断する要素

◎労働契約締結に至るまでの経過 (使用者の説明など)
◎職種の専門性 (技師・医師・看護師など)
◎転勤や異動の慣行

2024年4月労働基準法施行規則改正との関係

2024年4月から労働基準法施行規則が改正され、入社直後の業務内容・就業場所だけでなく、それらの「変更の範囲」を明示しなければならなくなった 。この「変更の範囲」次第では、合意が認められる可能性が高まる場合、その逆の場合もあるだろう。

2024年4月から労働条件明示のルールが改正されます

黙示の合意が認められる可能性

職種や勤務地について「黙示の合意」の成立を認める裁判例 も多数ありますが、容易に認められるものではないと理解するべきでしょう。当事者の行為による意思の実現とその合致がなければ黙示の合意は成立しません(水町勇一郎『詳解 労働法 第2版』東京大学出版会,2021,508頁参照)。
社会福祉法人滋賀県社会福祉協議会事件・最二小判令6年4月26日判決は「黙示の合意」を前提に判断したことから、今後類似事例において、より柔軟に「黙示の合意」の成立が認められるようになることを期待しています。

裁判例

職種限定
<否定>
◇九州朝日放送事件・最一小判平10.9.10労判757号20頁  アナウンサー
◇大阪医科大学事件・大阪地判平17.9.1労判906号70頁  電話交換手
◇東京サレジオ学園事件・東京高判平成15.9.24労判864号34頁  児童指導員
<肯定>
◇中部日本放送事件・名古屋地判昭49.2.27労経速841号14頁 アナウンサー
◇日本テレビ放送網事件・東京地決昭51.7.23労判257号23頁 アナウンサー
◇アール・エフ・ラジオ日本事件・東京高判昭58.5.25労判411号36頁 アナウンサー
◇ヤマトセキュリティ事件・大阪地決平9.6.10労判720号55頁
⇒事務系業務→警備職 (大学卒業・語学堪能・47歳・女性)
◇峰運輸事件・大阪地判平12.1.21労判780号37頁 トラック運転手
◇東武スポーツ事件・宇都宮地決平18.12.28労判932号14頁 キャディー職
⇒一般職とは異なる就業規則・給与規定、キャディー職→他の職種は例外的。
◇東京海上日動火災保険事件・東京地判平19.3.26労判941号33頁 契約係
◇日通学園事件・千葉地判令2.3.25労判1243号101頁 大学准教授

勤務地限定
<否定>
◇東亜ペイント事件・最二小判昭61.7.14
◇日本製鐵(総合技術センター)事件・福岡高判平成13.8.21労判819号57頁
⇒臨時作業員として2か月間雇用→正社員(作業職社員)として採用
<肯定>
◇新日本通信事件・大阪地判平9.3.24労判715号42頁(勤務地:仙台)
⇒採用の経緯等
◇日本レストランシステム事件・大阪高判平17.1.25労判890号27頁(関西地区)
⇒採用の経緯等(採用面接時に示された勤務希望地の記載)
◇ジャパンレンタカーほか(配転)事件・津地判平成31.4.12労判1202号58頁
⇒契約書の就業場所に「近隣店舗」等の記載があり実際にその範囲内で勤務していたアルバイト従業員

使用者に配転命令権がないことによる帰結

当該配転命令は法的根拠を欠き無効(使用者に配転命令権自体がない)

2 配転命令権の行使の適法性(濫用審査)

① 労働協約・就業規則、個別労働契約による配転権の行使方法の限定

→この限定に違反していれば当該配転は無効

② 差別的取扱い禁止など強行法規による限定

→強行法規に違反していれば当該配転は無効
たとえば、不当労働行為(労組法7条)、婚姻、妊娠、出産等を理由とする不利益取扱いの禁止(男女雇用機会均等法9条3項)などです。

③ 信義則・権利濫用による限定

→信義則違反(労働契約法3条4項・3条3項)、権利濫用(労働契約法3条5項)であれば当該配転は無効

★ 権利濫用該当性 (裁判所ウェブサイト 最高裁判決1986(S61).7.14 東亜ペイント事件

ア 業務上の必要性が存在しない場合、

または、

イ 業務上の必要性が存在する場合であっても、
a 当該配転命令が他の不当な動機・目的を有する場合
または、
b 労働者に通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情が存する場合

参考:最三小平成12.1.28労判774号7頁・ケンウッド事件

従業員数約2000人の会社の東京都目黒区所在の技術開発本部に勤務する女性従業員に対し、同八王子市所在の事業所への転勤命令がされた場合において、同従業員が他の会社に勤務する夫及び保育園に通う長男と共に同品川区所在の借家に居住しており同所から右事業所へ通勤するには最短距離で片道約一時間四五分を要するなど判示の事実関係の下においては、転勤によって同従業員の負うことになる不利益は、必ずしも小さくないが、なお通常甘受すべき程度を著しく超えるとまではいえず、右転勤命令が権利の濫用に当たるとはいえない。

配転命令への対処

⑴ 本当に配転「命令」か? 配転の「同意」を求められているだけではないか?

社会通念上相当な説得であれば適法。

⇔社会通念上相当な範囲を超える説得は不法行為と評価される可能性がある。

+社会通念上相当な範囲を超える説得や提供するべき情報を提供しない等の状況下でなされた労働者の「合意」は、自由な意思に基づいてされたものと認められないとして、無効とされる可能性もある(山梨県民信用組合事件・最二小判平28.2.19 )。

⑵ 上記「2 配転の適法性判断枠組」に照らして無効な配転ではないか?

⑶ 解雇等の不利益処分を避けるべく異議を留めてひとまず配転に応じるか?

⑷ 仮処分、労働審判、通常訴訟等で配転無効を争うか?

補論:「職種」「職務」「勤務地」限定合意の実態

JILPT「多様化する労働契約の在り方に関する調査(企業調査、労働者WEB調査)」調査シリーズNo.224 が参考になります。

3.多様な正社員の雇用ルール等に関する現状
3-1.多様な正社員の活用状況(p.48~)
(1) 企業における多様な正社員の活用状況
(2) 労働者における多様な正社員の働き方を選んだ理由
3-2.労働条件の規定(p.52~)
(1) 企業における限定した労働条件の規定
(2) 労働者からみた会社側の労働条件の規定方法、説明方法
3-3.労働条件の変更(p.55~p.59)
(1) 企業における多様な正社員の労働条件の限定内容の変更
(2) 労働者からみた過去 5 年間の労働条件の限定内容の変更

→職務限定等の正社員は15~20%程度と相当数存在する
→職務限定正社員への労働条件の説明 「一切説明がない」28.6%
→会社都合で職務限定を変更する場合の説明 「一切説明がない」14.5%

 

詳しくは労働弁護士にご相談ください。

弁護士 中井雅人

 

労働事件

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